葉緑体2012.03.30

次の展覧会のタイトルや何やらって意外と毎回悩む。
やりたいことはあるけれど、それを言葉にしたり形にするのは難しい。
でも、やりたいことがあるってのは胸が踊るよ、なんか右鎖骨の下あたりがずっと痛む。

うちの前の桜が咲くのをソト坊たちも楽しみにしている。
ボウは外が好きだけど、ソトは外があまり好きでない。皮肉なもんだ。
チチコ会2012.03.28
次の作品づくりのために頭をこねくりまわしてたけど、
ああパンパン!と思って諦めて、近所ーズと吉祥ズを誘って飲むことにしました。

カノウさんが持ってきてくれた珍味チチコが大絶賛の嵐でした。
しかし今日調べたらチチコじゃなくてイカチチという名前でした。
昨夜のチチコ雄たけびを返してくれないか。
ところで今日のボウはずっとベロ出したまま寝てるよ。

ミロコタワー2012.03.25

かごしま個展のマルヤガーデンズのgarden 7にはそのまま正にガーデンへと続く大きな窓があって、
現実逃避でブーンと30回くらい飛び出してしまうよ。
ちかごろ、明日からはがんばろう発言が多いので誰か私を殴ってほしいな。

なんだか右にいるボウちゃんの方が明らかにでかくなってる気がする。
いつまでもご飯食べてるし、たくさん寝るし。
そして私の体をキャットタワーのごとく登りまくるのでツメ切ったよ、ごめんね。
だってもう、私の体が穴だらけ。
命名2012.03.24

たった3日の鹿児島滞在だけれどすんげくでっかくなってたらどうしよう、って帰ってきたらそんなに変わってなかったよ、ほうっ
3月23日は鉄三の誕生日。
生きていたら9歳になっていました。
そろそろこの子たちの名前をつけなくちゃあ、って
でももはやずっとソトとボウと呼んでいたので、猛反対していた同居人が諦めました。
左の少しシュッとした顔の子が「ソト」
右のまあるい顔の鼻ボチがある子が「ボウ」
だいぶ性格に違いが出てきた。
ソトは甘えん坊で遊び好き。
ボウはマイペースで自分の世界に浸り気味。
2匹同時に呼ぶときはソト坊と呼ぶ。

かごんま展覧会2012.03.24

はじまりました、鹿児島でのホロホロ巡回展!
前日に鹿児島入りして指宿で砂風呂入ってホコホコしたら
搬入当日は20度の初夏じゃあん、っていうさすが南国ひゅう~
大阪からいとへん鯵坂さんも駆けつけてくれて、ほとんどご飯食べてただけみたいな搬入の日だったけど気持ちのいい空間なので良い展示になったはず。
いろんなことが初めてで勉強がたくさんある鹿児島です。
みんな柔らかく豪快です。なんかでっかくて丸いんだよー
2012.3.22(木)~4.1(日)
「ホロホロチョウのよる 出版記念展」
会場:マルヤガーデンズ 7階 garden7
鹿児島県鹿児島市呉服町6-5
099-813-8108
入場料:無料
open 10:00-20:00
http://www.maruya-gardens.com/gardens/schedule.php?id=644
お問い合わせはSKKYまでお願いします。
0662922811/ito_hen@skky.info
一生終わらない2012.03.17










今日も絵が描けなかった。
かわいすぎるからやめて。
奇跡かな2012.03.15

子猫が2匹うちにやってきた。
あんなことを書いた3日後くらいの出来事だったから、びっくりしたけどすんごい不思議なご縁があったのです。
鉄三のお骨に「今日から新しい家族です。よろしくね。」と挨拶してうちの子になりました。
まだ名前も決まってない。
名前募集中だよー
外房線地域で拾われたから「ソト」と「ボウ」にしたいと言ったら同居人に一蹴されました。
さてどうしたもんかな。
△
きくちちきさん個展
絵本「やまねこのおはなし」(イーストプレス)と「しろねこくろねこ」(学研)の同時刊行を記念して、原画や猫の新作などなどがたくさん展示されています。のびのびした猫達がいっぱいいるよー
ブックギャラリーポポタムで3/17までやっています。
10日に「やまねこのおはなし」のおはなしを書いたどいかやさんときくちちきさんのトークショーがあり、行ってきました。
イベント終了後のサイン会で、猫好きで有名などいかやさんに
「困ってる猫がいたら連絡ください。」と名刺を渡してきたら、
3日後にかやさんが捨て猫発見!からのご縁なのでした。
拾った3匹のうち2匹がうちの子になり、残りの1匹も絵本作家さんにもらわれる予定の
なんとも絵本まみれな強運の持ち主兄弟なのです。
猫の展覧会から生まれた不思議な巡り合わせ。
鉄三のことは絶対忘れないけど、運ばれてきたこの子たちの命も大事にしたい。
猫の病気のこと2012.03.11
こんな日だけれど、私は鉄三のことを書こうと思う。
だけど、こんな日だからこそ、たくさん思うことがあって書こうと決心しました。
そのたくさん思うことが錯綜しすぎて、うまくまとめられるか分からないな。
長くなるし、かわいそうな状況も書くから辛い人は読まん方がいいかもです。
鉄三はひどい状態で亡くなりました。
どんどん状況が悪くなっていく中、病院に連れていっても改善策が見つからず、むしろ連れて行った方が悪くなる一方だった。
毎日ネットで調べて鉄三と同じ病状の場合がないか必死で探したけれど、ほとんどなかった。
鉄三の写真を持っていろんな病院にも行ったけど、手の打ちようがないと言われた。
どうしていいか分からず、だからもしも私と同じような境遇にあって途方に暮れている飼い主の方がいたら、少しでも参考になればと思って、ここへきてやっと書こうと思ったわけです。
そもそもの始まりは糖尿病です。
その発見は早く、すぐに異変に気づいて病院に連れてった。
水を飲む量とおしっこの量が急激に増えたから。
鉄三は小さい頃におしっこが詰まる病気をしたので、それからずっと同じ療養食を食べていたから、なんで糖尿病になったのかをお医者さんに聞いたけど、「遺伝です」と言われた。
確かに鉄三は恰幅のいい、巨体な猫だった。
朝晩のインスリン注射が始まった。
うまく糖尿病と付き合いながら、長生きする猫もいると聞いていたので、そうなるよう願って毎日過ごした。
鉄三は突如変えられた食事や生活にだいぶ戸惑いつつも、注射には全然気付かず平気で、病状は安定しているように見えた。
だけど治療が始まって8か月くらいが経った去年の2月末、鉄三の脇腹あたりから血が出ていました。
鉄三がなめまくったせいで1cmくらい毛も禿げてた。
ストレスで毛が禿げる子もいると聞いていたので糖尿病治療が負担になっているんだ、くらいに初めは思ってた。
だけど病院に連れていくと、どうやら糖尿病のせいで、内臓の働きがうまくいかず皮膚と体をつなぐ組織が壊れてる、と言われた。皮膚が壊死していってたのです。
手術で壊死した部分を取り除いて縫うということも提案にあったけど、糖尿病の子は傷が治りにくいため、傷口を洗浄をして経過を見るという選択にした。
それからエリザベスカラーをして傷口を舐めないようにして毎日精製水で洗った。
そしたら一生治らないかも、と言われた傷がカサブタになった。
すごく喜んだけど、気づくとエリザベスカラーをしている首周りが全部青アザとカサブタのようになっていた。
これも糖尿病のせいで少しの傷や打ち身が全部カサブタになるのです。
それを気にしてカラーをしてても無理に舐めようとした。
だから服を着せて舐めれないようにした。
猫用の体を覆う服がなかなかなくて、犬用のを買ってきては猫に合う形に縫って、工夫しました。
でも猫の体は柔らかくて巧みに袖の間から舐めたりして傷を治しても新しい傷を作ってのイタチごっこだった。
そんな毎日の合間にも血糖値を測るためと傷の経過のために通院は続けていました。
病院でギャーギャー暴れて、家に帰って服を着替えさせると背中の皮がずる剥けていた。
あまりのストレスで見ていない間にまた鉄三が自分で舐めとったと思ってショックを受けた。
それからも病院に連れていくとどこかの皮がずる剥ける、の繰り返しだった。
あるときびっくりするような傷が出来て、ひょっとしたら、これは鉄三が舐めたんじゃなくて、病院で出来た傷じゃないか?と思い始めた。
よく考えると鉄三は暴れるので採血の時に看護婦さんや先生たちに体を押さえこまれます。
服を着せているからその場では気付かなかったけど、その拍子に皮が剥けるのだと確信した。
毎回暴れるのも無理はない。連れていかれる度に痛い思いをさせられるのだから。
でもそれに気付いたときは鉄三の傷はそれはそれは酷いもので、右腰から足にかけて全部皮がめくれて、もう鉄三は死ぬんじゃないかと覚悟した。
それから病院に行くのは辞めた。7月末でした。
(実際にネットで調べると、同じような目にあった猫はいて、病院で押さえつけられて「ギャー!」と鳴いた瞬間飼い主が見ると背中の皮がこぶし大くらいに剥がれ、その日のうちに亡くなった子のサイトを読んだ。)
あまりにショックで毎回嫌がる鉄三を良かれと思って無理矢理病院に連れていってた自分を呪った。
いっぱい鉄三に謝った。辛くて怖い思いをたくさんさせてしまった。
カラーは首の傷を酷くするので辞めて、服を着せて、舐めないように毎日見守るしかなかった。
せめて感染症を防ぐために抗生物質をもらってきてご飯に混ぜて食べさせた。
舐めたら私が怒るのを知っている鉄三は、私が寝ている間を見計らって夜中に舐めては傷を増やした。
朝起きたら、床が血だらけ、服も血で真っ赤ということが日常茶飯事だった。
抱っこすると体重がかかる場所が青アザになるから迂闊に触ることもできなくて辛かった。
それでも死ぬかもと思った腰から足への傷が徐々にかさぶたになっていった。
そのかさぶたになった右半身あたりに今度は膿がたまるようになった。
膿の写真を撮って急いで病院に行く。
でもやっぱり病院ではどうしようもなくて膿は自然につぶれるのを待とうということに。
痛いのか座る度にニャーと鳴いてなかなか座れないのがかわいそうだった。
9月の中頃から膿は体中に出来るようになって特に酷かったのはお腹。
膿がたまっては潰れ、の繰り返しだった。
その膿が体につくから気になってまた舐め、皮膚が壊死してないとこも舐めて毛がどんどんなくなっていった。
トイレにいくと膿に砂がついて、それが固まって足がカチカチになる。
無理に押さえるこはできないから洗ってあげれず、鉄三が歩くと床がカチカチ鳴る。
11月頃からはずっと膿が垂れていた。
結局倒れたのは、低血糖だったけれど、それを期にずっとやっていたインスリンを打つのも辞めた。
そこまで痛い思いをして美味しいご飯を我慢して生きているのもかわいそうになった。
鉄三はもうずっとうっすら目を開けて、眠ることすらできなかったし、そんな体に注射をし続けることはできなかった。
最期のときが来ても絶対病院には連れていかないと決心していたから、せめて一緒にそのときを迎えようと思った。
足が膿だらけで床は滑るから、リビングに布団やタオルを敷き詰めて、傍に寝転んでずっと話しかけていた。
そんな状況でも鉄三は20日間くらい頑張って生きてくれました。
その後は、どんな猫たちも一緒かもしれない。
死ぬときはみんな壮絶でかわいそうなものかもしれない。
でも亡くなる少し前に服を脱がせて、改めて鉄三が闘ってきたことの大変さを再認識した。
頭や前足を除いてほとんど毛がなかったし、お腹は壊死して酷い状態だった。
膿でカチカチになった足は亡くなった後に綺麗に洗ってあげた。
ほんとにボロボロだった。
結局改善策が見つからないままだったから、私がここに書いたことは意味ないのかもしれない。
でも、一向に病状が良くならないまま、でも病院を信じて治療を続けている人がいたら、よく考えてみてほしい。
それが本当にその子にとって良いことなのかどうか。
一生懸命治療を続けることが正しいのかどうか。
猫は喋れないから、お医者さんよりも長く一緒にいた家族が一番気持ちが分かるはず。
長生きすることだけが幸せじゃない。
もっと早く鉄三の気持ちに気付いてあげれば、と思うことが私にはたくさんありすぎた。
△
鉄三はペットショップで売れ残っていた子でした。
そもそもなぜ鉄三が酷く体が弱かったのかというところから、ペットショップで売られている動物たちがいかに劣悪な環境で生まれてきたのかを知りました。
大きくなって殺処分されるかもしれない、という子をペットショップで見かけても絶対に買ってはいけません。
それもペットショップの手口です。
鉄三と同じような病気を抱えている猫のためでもあるけど、こんなにかわいそうな猫を増やしてはいけない、ということも伝えたくて書いたわけなのです。
そして、私は新しい猫を迎える決心をしました。
どれだけ月日が経っても鉄三のことは悲しいし、新しい猫が来ても鉄三のことを忘れてしまうわけがない。
むしろ困っている猫たちがたくさんいて、私は今猫が飼える状況にあるのだから、次のステップへ進もうと思った。
そして3月11日の今日、猫の譲渡会に行ってきました。
そう思い立ったのがたまたま今日のような日、ということもあり福島で被災した猫たちも見てきました。
いい出会いがあれば、と思ってはいたけど、被災地の猫たちは元の飼い主が見つかれば返さなければいけないのがほとんどで、一時預かりで飼っていただける方募集というものだった。
一度家族として迎えた猫を返すのはさみしいので無力だけれど何もできずに帰ってきた。
でもまずは一歩踏み出せたからまぁいいか。
こんなに長々書いたのは初めてだな。
書きながら泣きすぎてティッシュの山が出来てしまった。
また明日からアホな日記に戻ります。
そしてそのうちに新しい家族が増えたら、ご報告するよー
体中痛い2012.03.09

やる気が空回りして誕生日にもらった1000ピースパズルを朝までかかって完成させてしまった。
猫のすばやさ2012.03.08

あかりをつけましょ 鉄三にー
お花をあげましょ チューリップー
さぁ、3日お雛祭りも終わって、4日鉄三の月命日も終わって、5日私は31歳になったので、
ここらで一発、急に自分に喝を入れようと思い立ちました。
メソメソダラダラしていた自分にオサラバ。
メソメソはしてもいいがダラダラしない!
言い訳もしない!
ぐわー
気合いじゃー



